○○○(好きな自治体名を入れてください)自転車の安全で適正な利用の促進に関する条例

愛知県でも「自転車の安全で適正な利用の促進に関する条例」(めんどくさいので以下「自転車条例」)の検討を始めるということですのでひとこと。まずこの「安全で適正な利用」というネーミングが微妙ですよね。「適正な利用」ってなによ、とかクルマは「適正に利用」できてるんですか、とか言いたくなってしまう。

それはともかく、各地の自転車条例の主題は個人賠償責任保険への加入とヘルメットの着用の義務付けです。私の住む名古屋市でも、公明党の市議の働きかけをきっかけに平成29年に施行されています(ただしヘルメット着用義務付けは高齢者に限る)。そしてこのたび愛知県でも、おそらくは令和元年9月の警察委員会の発言がトリガーとなって、同様の条例について検討することになったようです。

いまこの記事を書いているのは、自転車条例が画期的であり素晴らしい取り組みとして広く知らしめたいから――では残念ながらなく、条例による保険やヘルメットの義務化には賛成しかねるからでして、その理由について保険に関しては以前の記事(「これでいいのか自転車保険」)で解説してあります。かんたんにまとめれば「インフラや教育といった事故を減らすための仕組みづくりを先にするのがスジとしても正しいし投資としても効果的」という話ですね。勘違いしないでいただきたいのですが、私は保険に入るべきではないとは言っていません。個人が自分の判断で加入するのであればおおいに結構、しかし本来やるべきことをやってこなかった自治体が市民に負担を押し付けるのはいかがなものか、被害者救済の必要性を真剣に考えているのであれば自治体でミニマルなプランを用意するなり全市民を対象にした保険に自治体が加入するなどして加入率向上と負担軽減につとめるべきだ、と言いたいのです。

上の記事でも試算していますが、ひとり年額千数百円といっても県全体で考えればとてつもない金額になりますし、それを掛け捨ての(それもおそらくは大半が事務手数料に消えるであろう)保険に投じるぐらいなら、自転車インフラ整備や自転車教室の開催など、もっと有効な使い方があります。また自転車利用者は2万円もしないような自転車を7年近く使うわけですから(※平成30年度自転車保有実態に関する調査報告書よりおおよその平均)、たとえば出費が1万5千円プラス7千円で2万2千円になれば単純に自転車利用へのハードルが大きく上がるわけです。

別の記事(「自転車活用推進計画、余計なところ、足りないところ~愛知県を例に~」)でも述べましたが、自転車は「誰でも、とくに弱者であっても利用できる」「かけがえのないユニバーサルな移動手段」なのです。「クルマと同じでいいでしょ」「クルマの保険で文句を言う人はいないでしょ」といった安易な同一視をすることのないよう、慎重な検討をお願いします。

ヘルメット義務化についてもいろいろ

総論としてはここで終わってもいいのですが、ヘルメットに関する各論もついでにご紹介しておきます。以下の記事と動画が概要を把握するのにはよいのではないかと思います。

ヘルメットはかぶるべきか? BBCテレビ番組がきっかけで再燃した是非論 | Cyclist

「ああ、またか...勘弁してくれぇ!」――イギリスとそのほか英語圏の多くのサイクリストが頭を抱え込む事態が、また発生しました。そのトピックとは、"ヘルメットをかぶるかかぶらないか問題"。この話題になると、熱心なサイクリストの間でさえしばしば大激論になるのは、日本だけではなくこちらでも同じです。 炎上必至 ウィギンスの発言が火種になったことも ...


ヘルメットを義務化すれば、とうぜん自転車利用者は減ります。理由はさまざまでしょうが、髪型が崩れるですとか持ち歩くのが面倒だというのはもちろんのこと、たかだか1万数千円の自転車に乗るのに6千円(※まともなヘルメットの価格の最低ラインです)もするヘルメットなんか買ってられるか、という人も少なくないでしょう。そうして自転車に乗らない人が、生活習慣病で早死にする、あるいはクルマに乗って渋滞と事故を引き起こす(そして愛知県が交通事故死亡者数ナンバーワンの座を取り戻すのに一役買う)ことで失われる人命と、ヘルメットをかぶっていなかったことで亡くなる人、どちらが多いか、そうかんたんに決められるものではないはずです。しかしここで思い出していただきたいのは、自転車事故で亡くなる人は適切なインフラへの投資で確実に減らせるということです。つまり、本来は行政がすべき安全への取り組みやリスク低減のためのコスト負担を、義務化によって市民に押し付けるという構図になっているわけです。この点については自転車保険となんら変わるところがありません。

こうした言い方が響かないようであれば、以下の表はいかがでしょう。


この表から、頭部または顔部が損傷主部位となった死者数÷全死傷者数を計算すると、

自動車:(314+11)÷(1,197+338,333)=0.10%
二輪車:(252+9)÷(613+53,828)=0.48%
自転車:(267+6)÷(453+83,930)=0.3%
歩行者:(664+15)÷(1,258+49,085)=1.3%

となります。なぜ自転車の前に歩行者にヘルメット着用を義務付けないのでしょうか? 最低限、この疑問に答えられない限りは自転車ヘルメットの義務付けはすべきでないと思います。

おわりに

名古屋市では自転車条例を作るにあたって計4回の懇談会が開催され、実効性の担保について、あるいは負担の大きさについての懸念が参加者より呈されたのですが、残念ながら深く議論されることはなく懇談会は終了してしまいました。そうした形だけの懇談会というのは珍しくもないのかもしれませんし、自治体の担当者のみなさんにしても議員案件に反論するというのはそうそう簡単ではないといった状況があるのかもしれません。けれども、せめて自分が暮らす町ではそういうことになってほしくない、名古屋市のときにはなにもしなかったのでせめて愛知県ぐらいは、ということで本記事を書かせていただきました。検討の参考にしていただければ幸いです。

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