自転車活用推進計画、余計なところ、足りないところ~愛知県を例に~

去る2019年7月29日、名古屋市の自転車担当課がある市役所西庁舎のすぐおとなり、愛知県自治センターにて「第1回愛知県自転車活用推進計画検討委員会」が開催されました。2017年5月の自転車活用推進法施行以来、各自治体でも自転車活用推進計画を策定するところが増えてきましたが、県内の市町村に続いて愛知県でも同様に検討が始まったわけです。
本来であれば喜ぶべきこと、のはずなのですが、自治体の自転車活用推進計画というのは、ほとんどの場合において国の自転車活用推進計画の引き写しであり、そして国の自転車活用推進計画がよくできていれば言うことはないのですが、残念ながらそうではないのですよね。ということで、この記事では愛知県を一例に、日本の自転車活用推進計画について思うところを述べていきます。

自転車に期待すること、できること

自転車活用推進計画では、自転車をめぐる現状と課題ということで以下の4つのテーマを挙げています。
  1. 都市環境(まちづくり)
  2. 健康
  3. 観光
  4. 安全
これらのテーマは国と自治体の計画とで共通でして、自転車に期待する効果としてたとえば愛知県では次のような資料が作られました。

よく聞くフレーズが並んでいますね。でもこの資料、ちょっと足りないところがあるような気がするのです。

ひとつは、自転車は誰でも、とくに弱者であっても利用できるユニバーサルな移動手段であり、かつ「好きなときに自分の力だけで出かけられ」るため、アクティブな生活を維持するのに非常に有用であるという視点。上の図でも「高齢者の移動手段の確保」という項目があるように、高齢者の事故防止のため免許返納を促す材料という側面があるわけですが、自転車のいいところはバスやタクシーと違って「時間に縛られず、他人に手間を掛けさせない」ところです。そしてこの利点は高齢者だけでなく、
  • 経済的な理由で
  • 病気で
  • 障害があって
  • 若すぎて
  • 居住地の問題で
  • 自動車を所有できない
  • 自動車を運転できない
  • 公共交通機関を利用できない(できない、はコストが超高い、でもいいです)
そうしたすべての弱者にとってかけがえのないものです。自転車が、あるいは自転車と同じくらいかんたんにスピードが出せて遠くに行ける乗り物が簡単に利用できる環境がととのった社会というのは、弱者に優しい理想の社会なのです。社会が、あるいは政府というものがなんのために存在するのかを考えると、自転車活用推進計画上で弱者を積極的に援助しようという姿勢が前面に押し出されていないのは残念なことです。

もうひとつは、これはとくに愛知県では大きな問題ですが、交通事故対策としての自転車です。平成30年には全国で4,166人が交通事故で亡くなりました(30日以内死者数)。東海道新幹線が1編成で1,323人乗れるそうですから、新幹線3本分ということです。それだけの数の死体を想像してみてください。ちょっと難しかったら一週間ぶん=車両1両ぶんだけでもかまいません。どうですか、控えめにいって気分のいい光景ではないでしょう? そして交通死亡事故の8割は、自動車が第一当事者(事故の主な原因となったほう)なのです。高速道路を除外して一般道の交通死亡事故だけを考えると9割にもなります。自動車は便利ですし現代社会になくてはならない、それはそうですが、その代価としてこれだけ多くの人の命を差し出さなくてはならないというのはちょっとおかしいのではないか――とまあまともな現代人ならそう考えるわけで、世界中の都市で脱・クルマが叫ばれています。もっとも叫ぶだけなら誰にでもできます。思い切ってクルマを排除した都市が、かわりに何を提供したか? 自転車です。自転車が安全・快適に走れるインフラです。自転車は健康にいい、そうでしょう、環境にもいい、たしかに、しかしもっといいことは、クルマに乗らなくてすむ、交通事故で失われる命を減らせるということです。自動車産業が重要な役割を担ってきた日本で「クルマをやめて自転車に乗りましょう」と言いにくいのはわかりますが、限りある国のリソースを自動車に注ぎ込み続けてよいのかどうか立ち止まって考えるべき時期はとうに過ぎていますし、そのことに触れない自転車活用推進計画は片手落ちと言われてもしかたがありません。

自動車を排除したさらにその先、いわゆるまちづくりにおけるにぎわい空間だとかプレイスメイキングだとかについては、ちょっと自転車活用推進でくくるには広すぎる話題ですのでここで取り上げるのはやめておきます。

万能薬としての自転車道

うさんくさく聞こえるのを承知で書きますが、いまのところ「車道との物理分離を原則とした、安全快適な自転車インフラ」というのが種々の問題に対する最適解です。もちろん交通安全教育もセットにしていただけるとベターではありますが、それ以外の施策はだいたい効果がないか、悪くすると間違っています。これはもう世界中に事例が山ほどあるのですが、以下にほんの一例を挙げておきます。


ヘルメットとか保険とか

自治体のなかにはヘルメットの装着や傷害保険への加入を義務付けるところがあるようです。でもこれって「この町は強盗が多いので市民のみなさんは護身用の武器を持ち歩くようにしてください。保険にも入っておくといいですよ」と言っているのと何が違うのでしょうか。そんな町があったら「いや警察仕事しろ」の大合唱ですよね。
先ほど述べたように、死亡事故の9割では第一当事者が自動車なわけですが、残念なことに運転に際して必要な集中力を欠くドライバーを全員取り締まるためには警察という組織はあまりにも小さすぎます。しかし強盗とは違って、自転車事故というのは警察組織を大きくしなくても減らすことができます。そう、インフラ整備によって。
自転車がユニバーサルな移動手段であるとの共通認識があれば、このインフラ整備費用は国や自治体の予算から捻出するのが当然なのですが、いまのところ自転車は「お金と暇のある人間のための贅沢な乗り物」だと考える人が一定数いるようで、受益者負担の名のもとに、駐輪料金を支払わされたり、ヘルメットを買わされたり、保険に入らされたりしているのが現状です。

県と市町村との役割分担

自転車活用に限った話ではありませんが、県と市町村がどのような役割を担うかについては慎重であるべきです。県に期待されるのは、一般論からいえば広域にまたがる政策、県道の管理、県警への働きかけ、それに県立の学校(高校)への指導といったところでしょう。これら以外の施策については、地方自治の観点からも可能な限り市町村に委ね、県としては「金は出すけど口は出さない」という立場を貫くべきです。

4つの目標をチェック

それではここまで述べてきたことを念頭におきつつ、4つのテーマにおける解決策を見ていきましょう。
施策1:自転車通行空間の計画的な整備の促進
→「現状では自転車通行空間の整備が進んでいない」理由を掘り下げないと意味がありません。無策のまま「自転車通行空間の整備が進んでいないから進める」では何も改善されないでしょう。ここははっきりと「道路空間の再配分を厭わず」と明記し、再配分に対する抵抗勢力(荷役に支障が出ることを嫌う市民や渋滞の発生を懸念する県警)にどう向き合うかを検討していく必要があります。
渋滞に関しては、警察によって対応がまちまちで、俺たちが必死に渋滞をなくそうと頑張ってるのに自転車が割り込むとはけしからん、というところから、あーまあ渋滞すればスピードも下がって事故が起きないからいいんじゃない、みたいなところもあるようですが、そもそも自転車のほうが人数あたりの道路専有面積は少ないわけです。

(写真はBicycling as a mode of transportation Muenster, Germanyより)
近年自転車道の整備を進めるロンドンにおいても、道路空間の30%を占める自転車道が、通行人数の46%を分担するようになったという報告があります(Bike lanes don't clog up our roads, they keep London moving | Environment | The Guardian)。車道を転換して安全・快適な自転車通行空間を設置することができれば、一時的な渋滞こそあれ、最終的には自転車利用者の増加によって渋滞は解消されると期待できます。

施策2:違法駐車取締りの推進等による自転車通行空間の確保
→名古屋市の桜通はそう言い続けて4年経ちますが(2015年開通)ふつうに駐車車両がいます。100mおきにカメラを設置して自動で違法駐車を取り締まる、ぐらいやらないと無理です。そしてそんなことをするぐらいなら、クルマが侵入できないよう物理分離された自転車レーンを作るほうがよっぽど合理的です。

施策3:シェアサイクルの普及促進
→これ自体は悪いことではないですが、自転車需要というのはインフラの出来不出来で大きく変動するものですから、まず市民が自分の自転車で走るようになるまで待って、どことどこでシェアサイクルが本当に必要とされているのかを把握できてからのほうがいいでしょう。自転車だけあっても走るところがないのではなんにもなりません。

施策4:地域のニーズに応じた駐輪場の整備促進
→インフラ整備、賛成です。知恵と金を出してがんばりましょう。

施策5:生活道路での通過交通の抑制や無電柱化と合わせた自転車通行空間の整備
→インフラ整備、賛成です。が、生活道路は市町村の管轄では?

それから、自転車交通の役割拡大ということで、県にはふたつお願いしたいことがあります。
ひとつめはカーゴバイクの実用化です。カーゴバイクというのは荷物をたくさん載せられる、巨大な荷台を有する自転車です。自転車インフラの整備された国では事業用・個人向けともに活用が進んでおり、とりわけ都市部への自動車流入を制限する自治体では、配送用トラックの代替として電動アシストつきカーゴバイクが大いに活躍しています。ところが日本においては、各都道府県の道路交通法施行細則にて積載物の大きさや重量が厳しく制限されており、愛知県においても「積載物の重量は、二輪又は三輪の自転車にあつては三十キログラムを、自転車により牽けん引されるリヤカーにあつては百二十キログラムをそれぞれ超えないこと」と規定されています。この規定はあくまで一般的な、荷台がタイヤの上にあるような自転車を想定してのものかと思いますので、荷台がもっと低い位置にあるカーゴバイクについては制限を緩和することが十分現実的です。
ふたつめはタンデム自転車です。さいわい愛知県はすでにタンデム自転車の公道走行が認められていますが、解禁となっているのは47都道府県中27都道府県にとどまっています。残りの自治体での制限緩和が求められます。

施策6:サイクルスポーツ振興の推進
→まず小学生がふだんから自転車に乗るようにしないとそもそも母数が増えません。インフラを整備しましょう。あと土地が余ってるのってたぶん山とか森なのでMTBコースにしてくださいお願いします(個人的願望)。

施策7:自転車を利用した健康づくりに関する広報啓発の推進
→広報啓発では人は動きません。大手広告代理店にでもお願いすれば一時的なブームは作れるかもしれませんが、それだけです。必要なのは安全快適な走行空間と駐輪場です。インフラを整備しましょう。

施策8:自転車通勤の促進
→広報啓発では人は動きません。わかりやすくお金を出しましょう。就業規則で自転車通勤を認めて駐輪場や更衣室を整備したら減税とか補助金とか。

施策9:国際的なサイクリング大会等の推進
→なんとアジア大会のMTB(XCだけ?)は名古屋市内の小幡緑地の特設コースで開催されるそうで、これはぜひとも大会後も常設コースとして! 残してほしい!

施策10:世界に誇り、広く利用されるサイクリング環境の創出
→とくに反対はしませんが、「広域的な周遊」を楽しむ旅行者ってどれくらい見込めるものなのか、よくわからないなあというところです。余裕があればどうぞ、でしょうか。

施策11:自転車の点検整備の促進等
→「現状と課題」セクションにはなにも書いていなかったのに、なぜいきなり点検整備の話が出てくるのでしょう。国の計画に書いてあったのを写しただけかと思いますが、ほかにやることがあるのでは。

施策12:自転車の安全利用の促進
→県警は県知事の管轄ですから、取締の強化はお願いしてもいいかなとは思いますが、広報啓発を県がやる必要があるのか? 疑問です。それに、冒頭にも書いたとおり、交通死亡事故の第一当事者は8割が自動車で、死亡に限らず交通事故全般では9割にものぼります。取り締まるならどう考えても自動車を対象とすべきです。
また安全利用といえばヘルメットが話題になることが多いですが、ヘルメットの義務付けは安全にかかる費用負担をユーザーに押し付けるというだけでなく、自転車利用者を減らしてしまうため社会全体における自転車の効果をマイナスにしてしまうだろうという議論や、単独での転倒などでは防御効果を発揮するものの自動車との衝突時にはほとんど役に立たないといった話題もあり、かならずしも義務化が正解とはいえません。

施策13:学校における交通安全教育の推進
→問題は教育の中身です。自転車教育というと、どこの学校でもやっているからと安易にスケアードストレイト(スタントマンが事故を再現するアレ)を開催するところが多いですが、この手法に効果があることは客観的に証明されていません。きちんと交通標識の意味を勉強してもらう、筆記試験を受けてもらう、実際に公道に出て他の交通から自転車がどのように見えているか確認する、など実践的なカリキュラムの策定が求められるところです。というかどう考えてもこれは国の役割なのですが、やってくれないので各自治体でがんばっていただきたい。
参考:オランダにおける自転車教育

施策15:災害時における自転車活用の推進
→これも国の計画に書いてあるから写しただけですね。いまのところこれについて具体性に掘り下げた自治体は見当たらないので、うまくやれば他県のお手本になるかもしれません。が、日本は土建屋さんが優秀ですし、災害後で自転車が活躍できるフェイズというのはわりと限られているような気もします。

おわりに

自転車活用推進計画、とにかくまあ自転車から連想されるものをぜんぶ詰め込んでみましたという調子で、なんというか非常にスペースシャトル的なものを感じます。たくさんの人のいろいろな思惑をあれもこれもと詰め込みすぎて結局どれもうまくいかないというやつですね。そうではなく、もっと「多数の国民が幸せになれる」ことにフォーカスしたものであってほしいです。つまり

  • 自転車は、健康に楽しく暮らすため、誰でも利用できるものであるべき
  • そのためには走る場所と置く場所をしっかり確保
  • さらに体系的な教育・トレーニングを確立

これだけに注力してほしい。誰もが自転車に乗るようになれば、ツーリズムのためにあらためてやらなくてはいけないことというのは限定的になるでしょうし、スポーツとしての自転車の裾野も広がります。そしてそれ以上のことは各競技団体・業界がやることであって、行政が面倒を見ることではない。太平洋岸自転車道なんてものを作ろうと息巻いている方々もおられますが、そういうものもあとまわしで結構です。各自治体で自転車活用推進計画に携わるみなさまにおかれましては、国の計画にとらわれず、どうすれば市民みんなが幸せに暮らせるのか、真剣に考えていただきたい、その際に本記事が少しでも助けになれば嬉しい、と思います。

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