名古屋市内における自転車通行空間の整備計画について~必要なのは自転車道です

去る2020年10月13日、国土交通省中部地方整備局名古屋国道事務所より以下のような報道発表がありました。

安全・安心な自転車通行空間の更なる創出へ~自転車ネットワーク整備計画について~ 

名古屋国道事務所では、これまでに名古屋市内において歩行者や自転車の利用が多い国道19 号伏見通や桜通等で自転車通行空間の整備を進めてきたところです。

また今年度に入り、ウィズコロナの新しい生活様式で自転車交通量の増加が想定される中、国土交通省では、自転車通行空間の整備計画を全国で策定し整備を推進することとしています。

このような状況を踏まえ、自転車通行空間の当面整備を推進する箇所について、国管理国道と名古屋市管理道路で、延長約20km の整備計画を策定しましたのでお知らせします。

なるほど、これは素晴らしいニュースです。ということで資料に目をやると、なんとそこには

> 「整備形態は、基本的に自転車専用通行帯または車道混在により整備」

> 「自転車専用通行帯で整備する箇所においても、交差点や交差点の周辺で車線が増えること等により必要な幅が確保できない部分においては、車道混在の形態となる」

という注意書きが。まだ路線の選定段階だというのに、しかも交通量の多い、市内を通過する国道でこんなことを書いてしまうのは大問題です。

そこで本稿ではあらためて「車道と物理的な障壁によって分離された自転車道」の必要性を訴えたいと思います。

低迷する桜通の自転車レーン利用

桜通の自転車道は平成23(2011)年6月開通、自転車専用通行帯(自転車レーン)は平成27(2015)年3月~6月にかけて開通したわけですが、整備を主導した名古屋国道事務所では平成29(2017)年7月に自転車の通行量および通行位置を調査しています。

出典:第4回 名古屋国道管内自転車安全利用協議会資料

ご覧の通り、自転車専用通行帯の利用率は「朝の通勤時間帯、都心へ向かう方向」こそ(おそらくは歩道が混み合っている、自転車が多い、クルマの速度が低いなどの理由で)7割前後に達しているものの、12時間スパンで見ると上り(道路の南側)ですら4割どまりです。

ところでこのグラフでは「ピーク時間帯以外」が描かれていません。ピーク時間帯はある意味特殊な状況だとみなせますので、「非ピーク時利用率」を「普段の利用率」として描画してみたほうがいいかもしれません。ということで重ねてみました。


ピーク時を除いて計算すると、自転車専用通行帯(地点7~9)の利用率は、数字がよいほうの上り(南側)車線でも31~34%という結果に。帰宅時間帯を含めなければもっと低い値になるのではないでしょうか。
そしてさらに、自転車専用通行帯を逆走する自転車はカウントされていない(あるいはいたにしてもごく少数である)ことを利用し、上り車線・下り車線という分類ではなく、東行・西行というくくりで見てみます。つまり、南北どちらの歩道を走っているかではなく、東西どちらにむかって走っているかで集団を分けるということです。どちらかというとこのほうがより直感的ですよね。

ごらんのように、自転車専用通行帯部分の利用率は、ピーク時を除くと東西ともに同程度、3割未満となっています。これが、片側四車線で(朝の通勤時間帯ではないので)流れも速く駐車車両も排除しきれない国道における自転車レーンの利用実態です。必要としている人の3割にも使ってもらえないことがわかっているインフラをわざわざ作るというのは、たんに予算の無駄遣いであるのみならず、ほんとうに役に立つインフラの整備が深刻なまでに(10年単位で)遅れるということを意味します。はっきり言って「作らないほうがまし」です(まだしも未来に希望を託せるので)。
少なくとも国道区間については、利用率が安定して9割近くに達する自転車道を整備すべきです。

路上駐車でつぶされる国道19号大須観音前自転車レーン

国道19号線・伏見通の大須観音前では今年の8月から社会実験と称して仮設の自転車レーンが設置されています。地域の方々のもともとの要望では、自転車の安全な通行のために自転車道を設置してほしいということだったのですが、なんだかんだで自転車レーンになってしまいました(西側のみ車道との間にボラード設置)。その結果はといいますと。
見ていただいたように駐車帯として使われてしまっています。
自転車で走っているときに駐車車両を見つけたときのことを考えてみましょう。車道を走り慣れている人で、なにもかもがうまくいけば、だいたい安全確認に2秒、進路変更の合図に3秒、進路変更に2秒といったところだと思います。時速20km/hで走行していると1秒で5.6m進みますから、7秒前=39m手前から自転車レーンを走るメリットが失われることになります。車両の側方通過後に合図を省略して即座に自転車レーンに戻るにしても、1台の駐車車両で自転車レーン50m以上が実質無効化されてしまうのです。
こうした事態に対して、国交省や自治体は対策として「違法駐車の取締強化」を挙げてきましたが、それがうまくいって違法駐車がなくなったというケースを私はひとつも知りません。もしあれば教えていただきたいところですが、より現実的な対策として、車道とのあいだに物理的な障壁を設ける形式の自転車通行空間、すなわち自転車道の整備がもっとも確実です。
なお、駐車需要のある路線ですと、たとえ自転車道を整備しても駐車車両のドライバーが沿道施設と車両との間を行き来しようと頻繁に自転車道を横切ることになってしまいますので、自転車道の代わりに「(歩道)+駐車帯+ドア開け空間(ゼブラ)+自転車レーン」というレイアウトが推奨されます。

追突事故の恐怖

車道を自転車で走っていていちばん怖いのは追突事故です。追突の恐ろしいところは
  • 自転車に非がなくとも事故が起こること
  • 速度が高く重傷ないし死亡事故になりやすいこと
です。交通事故総合分析センターの調査(PDF)によれば、追突事故における自転車の「違反なし」率は82%と高く、また致死率は出会い頭事故の10倍にものぼるそうです。これに対し、「車道に矢羽根や自転車通行帯を描いて自転車の存在をドライバーにアピールすれば大丈夫」などという意見も見られますが、冗談ではありません。全国で1年間に車両対車両の追突事故がどれだけ発生しているかご存知でしょうか。12万6千件です。相手が自動車という、アピールするまでもなくそこにいることが明白な物体であってもこの件数です。自転車に乗る人が目立つ服を着たりテールランプをつけたりすれば、クルマよりも目立つから追突されることはないとでもいうのでしょうか。
実勢速度の高い国道では、追突される恐れのない(もちろん年に何件かは歩道に突っ込むクルマもいますのでゼロではないのですが)自転車道を(それが無理なら最低でもクルマの車線逸脱が即事故につながらないように緩衝帯やボラードを設置した自転車通行帯を)作らない限り、常識ある市民はこれまで通り歩道を走りつづけることでしょう。

ところで他の国ではどうしているの?

ここで少し外国の自転車道設置基準をみてみましょう。
まずはなんといってもオランダ。
オランダのマニュアルでは市街地と非市街地とで別々の表になっているのがこちらは市街地のほう。オランダでは道路をなるべく30km/h制限(residential)と50km/h~制限(distributor)とに大きく分けるようにしているのですが、名古屋市内および近郊の国道に関しては後者とみなして問題ないかと思います。ご覧のように、自転車レーンが選択肢に入るのは、片側一車線でかつ自転車ネットワークから外れていて自転車通行量の少ない路線のみ。あとはすべて自転車道(というより日本の基準に当てはめるのであればむしろ自転車専用道路と呼ばれるもののほうが近いですが)とすべし、となっております。
なおこちらの表は「Design Manual for Bicycle Traffic」という300ページ(!)の書籍からの引用です。手元に2部ありますので自転車行政担当職員の方からご希望があれば先着1名に差し上げます。
次はロンドン交通局作成の「London Cycling Design Standards (LCDS)」より。
ロンドンではまず沿道を行き来する人のレベルを「Low/Medium/High」の三段階に分け、さらにその中で道路の使いみちを三種類に分類して、必要な自転車インフラの分離度(Degree of separation)を決めています。自転車インフラのAとBで登場するsegregated laneというのはレーンといっても縁石で区切られていますので日本でいうところの自転車道に相当します。名古屋の国道はHigh roadあたりのイメージでしょうか。
オランダのように速度は気にしないのかというとそんなことはなく、
  • 85%の車両が48km/h以上で走行している場合は分離度の高いインフラを整備
  • 自転車走行空間が物理的に分離されない場合は85%の車両が32km/h未満で走行するのが望ましい
  • ピーク時の車両通行量が1,000台/hを超える場合は物理分離する
  • ピーク時通行量が500~1,000台であれば最低限のレベルは満たしている(ただし大型車混入率は5%未満)
  • 物理分離なしであればピーク時通行量200台未満が望ましい
といったことが書かれています。
続いてドイツのEmpfehlungen für Radverkehrsanlagen(自転車インフラ勧告)より。ドイツでも車両の制限速度とピーク時交通量がパラメーターとなっています。表が2車線道路と4車線道路とで別々なのですが、名古屋市内の国道の話ですので4車線の表を転載します。
ちょっと境界線が薄くて見えにくいのですが、「III」が物理分離を推奨、「IV」が物理分離を必須とする領域です。今回自転車専用通行帯を整備するといっている国道は60km/h制限ですからだいたい2,000台/h以上なら物理分離が必須です。

国交省でガイドライン作成に携わった方々がこうした基準についてきちんと調べなかったのか、調べたにもかかわらずなにがしかの圧力で無視せざるを得なかったのかはわかりませんが、自転車利用者に使ってもらえるインフラを作りたいのであれば、各自治体の担当者は国交省に頼りっぱなしにならずにみずからも情報収集していく必要があります。
ちなみに、これらの海外のガイドラインはいずれも「高品質な自転車通行空間とはなにか」ということについて、たんに道路構造にとどまらず交通ルートとしての観点から数々の条件で定義づけしているのですが、国交省のガイドラインにはそういった視点がまったく見当たらないことにも要注目です。

悲惨な事故を繰り返してはいけない

昭和45年の道交法改正で自転車が歩道を走れるようになり、また道路法改正で自転車歩行者道が規定されたのは、急増する自動車利用に対応するための緊急避難的措置であり、本来であれば多少遅れてでも自転車道整備をしていくはずでした。しかし現実には自転車道はいっこうに作られず、なし崩し的に自転車の歩道走行が常態化していきます。その場当たり的な姿勢は40年間変わることなく、平成19年度中央交通安全対策会議交通対策本部決定によって「自転車安全利用五則」が定められ、またしても自転車は危険な車道に追いやられます。半年後の平成20年1月にはいいわけ程度に「自転車通行環境整備のモデル地区」が国交省に指定され、その後押しを受けて名古屋市でも桜通と鶴舞に自転車道が整備されましたが、その後10年間、全国で整備された自転車道をリストにしたらA4一枚で収まるのではないでしょうか。そうして自治体が足踏みしているうちに「自転車は車道」を真に受けた人たちが悲惨な事故に遭い命を落としています。
愛知県警・春日井署によると、現場は春日井市大泉寺町付近で片側3車線の直線区間。59歳の男性が道路左側の路側帯を自転車で走行していたところ、後ろから進行してきた乗用車が追突した。

自転車は弾き飛ばされるようにして転倒。近くの病院へ収容されたが、全身強打が原因で約2時間後に死亡した。警察はクルマを運転していた岐阜県多治見市内に在住する67歳の男を自動車運転過失傷害の現行犯で逮捕。男性死亡後は容疑を同致死に切り替え、調べを進めている。

逮捕された男は聴取に対して、「車内の物に気を取られ、自転車に気づくのが遅れた」などと供述しているようだ。


29日午前7時50分ごろ、名古屋市名東区上社2の県道で、車道を自転車で走っていた会社員岡田拓也さん(41)=同市中区新栄=が後ろから来た乗用車にはねられ、心臓破裂で間もなく死亡した。名東署は自動車運転処罰法違反(過失傷害)の疑いで、乗用車を運転していた愛知県豊田市浄水町南平、会社員茶縁遥容疑者(26)を現行犯逮捕した。

 名東署によると、茶縁容疑者の呼気からは基準値(1リットル当たり0・15ミリグラム)を超えるアルコールが検出された。「前をよく見ていなかった」と供述している。署は容疑を過失致死と道交法違反(酒気帯び運転)に切り替えて調べている。

岡田さんはスポーツタイプの自転車に乗り、片側3車線のうち歩道寄りの車線を走っていた。


 8日午前3時前、愛知県春日井市瑞穂通1丁目の国道19号で、自転車に乗っていた名古屋市南区に住む、無職・榊原浩二さん(33)が後ろから来た乗用車にはねられました。榊原さんは頭を強く打ち、搬送先の病院で死亡が確認されました。

この事故で、警察は乗用車を運転していた春日井市の会社員・松岡拓摩容疑者(25)を過失運転致傷の疑いで現行犯逮捕しました。松岡容疑者は「気付かず追突した」と容疑を認めているということで、警察は容疑を過失運転致死に切り替え、事故の原因を調べています。

人間とは失敗するものです。そして、失敗が即、生命の危機にかかわる自動車というきわめて危険な機械を走らせるためのインフラには、人間が失敗を起こしにくくすること、そして失敗が起きてもその被害を最小限にするための機能が求められます。交通事故で人が死んだとき、その原因は被害者・加害者だけにあるのではありません。それがあれば命を救えたかもしれない優れたインフラを作れなかった人々のせいでもあり、もっといえば、自動車が「多数派にとって、もっとも使いやすい交通手段」であるいまのこの社会のありようを選んだ国民すべてが責任を負っているともいえるのです。

さいわいなことに私自身は、親類や友人を交通事故で亡くした経験も、あるいは運転で誰かを死に至らしめた経験もありませんが、それは単にこれまで運がよかったというだけの話です。幸運に頼る必要がない社会を、自動車への依存から抜け出した社会を目指して、今後とも訴えかけを続けていきたいと思います。読者諸氏、とくに道路交通にかかわる人々のご理解・共感を少しでもいただけるようお祈りしております。


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