第10回名古屋市自転車利用環境整備推進会議を傍聴してきました

昨年の話になってしまいますが、令和元年11月19日に開催された第10回名古屋市自転車利用環境整備推進会議を傍聴してきましたので、内容と成果についての感想を。

会議の背景と目的

この会議は、どうやら「名古屋市自転車利用環境整備実行計画『走る編』」というものを策定することが当面の目的となっているようです。この計画は、平成23年(2011年)12月に策定された「名古屋市自転車利用環境基本計画」の改訂版であり、自転車通行空間の整備をありかたを検討することが目的だそうです。傍聴人にも会議資料として計画素案が配布されまして、事故のパターンと原因・リスクの列挙といった面白い内容があったりもしたのですが、全国津々浦々の自転車推進またはそれに類する計画と同様の問題をはらんではいますので、後ほどご紹介しようと思います。
それはさておき、計画では自転車走行に関する「課題」が4つまとめられています。

  1. 歩行者・自転車・自動車の分離による安全な通行環境の整備
  2. 交差点部の安全性の向上
  3. 自転車交通ルールの意識付け
  4. 快適な通行空間の整備

環境整備の「基本方針」も同じく4つ挙げられています。課題と一対一で対応するわけではないようですね。

  1. 「優先エリア」を設定し、段階的な整備を行います
  2. 道路特性や道路状況を考慮した安全な自転車通行空間を整備します
  3. 標示などによって適切な自転車走行方法の習慣づけを促進します
  4. 自転車通行空間の快適性や連続性を高め、自転車利用の促進につなげます

今回の会議は90分予定されていたのですが、そのうち70分を費やして話し合われたのが「自転車むけ路面標示について」です。交通量の多い、あるいは事故の多いエリア(優先エリア)で、出会い頭事故や歩行者との衝突、あるいは逆走を防止するために、法定外の路面標示を設置しましょう、つきましては市民のみなさん50名ほどにアンケートを取って、どのデザインがいいか投票してもらいましたのでみんなで見ましょう、といった話のようです。前述の課題と方針でいくと
課題:「交差点部の安全性の向上」「自転車交通ルールの意識付け」
方針:「標示などによって適切な自転車走行方法の習慣づけを促進します」
あたりに対応するのかな、と思います。

路面標示アンケート

さて、まず路面標示の効果について。以前、市の自転車利用課にお話をうかがったときにも路面標示が話題にのぼったのですが、その際対応してくださった職員さんがたしか金沢市の事例に言及されており、また令和元年(2019年)8月に開催された「ケッタ・シンポジウム」にも金沢市の自転車通行空間整備に尽力された三国成子氏が招聘されていますので、金沢市の実績が事務局の念頭にあるのではないかと推測します(あるいは以前の議事録など読めばわかるのかもしれませんが)。金沢市の取り組みについては「整備・活動による効果 - 金沢自転車ネットワーク協議会」や関連ページをご覧いただければわかるように、非常に幅広いものであり、数字として事故件数が減っているのも間違いないです。ただ、事故低減に路面標示がどれほど寄与したのかはどうやったってわかりませんし、また事故リスクの正しい指標として走行台数あるいは走行キロ数あたりの事故件数や事故の深刻度といったデータが採取されているわけでもありませんので、確実に効果ありとはとてもいえない状況です。だったら名古屋市が路面標示を単独で実施してその設置効果を確かめてやるぜ、みたいな話であれば、まあ貴重な教訓を得るための実験としてわからないでもないのですが、そうでないのなら、このようにとりあえず安く早く上がる方法で様子見、みたいな焼け石に水となるのが明らかな施策でなく、きちんと腰を据えて、時間と費用をかけてでも、高い効果が明らかな施策に取り組んでいただきたいというのが正直なところです。
ではアンケート用紙をご覧ください。
まず (1) 交差点流出部に左側通行を示す標示を設置するそうです。交差点を通過した自転車がこの上を通れば、ああ自分は矢印と同じ向きに走ってるから大丈夫だな、と安心できますが…その安心、ほんとに必要ですか? 逆走を防止するならむしろ、


こんな感じで流入部に逆走禁止マークをつけたほうがよくないですか?
それから、標示設置対象区域に含まれるのかどうかわかりませんが、片側二車線以上ある道路では、ピクトグラム(矢羽根)の設置には問題があります。下記は私自身が名古屋市に提出したアンケート回答からの抜粋なのですが、
道路交通法では、道路が片側二車線以上あった場合、自転車に道路の左側端を走る義務はなく、いちばん左の車線内であればどこを走ってもよいことになっています(車線が複数あるので追い越しが困難でないからかと思われます)。じっさい、自転車で車線の左端を走っていると、追い越そうとする自動車が車線変更をきらってギリギリの間隔で横を通過することがあり、この危険を避けるために車線の中央付近を走る場合もあるので、片側二車線以上の道路ではこの種の矢羽根・ピクトグラムは設置すべきではありません。
この点についてご留意いただければと。
次に (2)-1 一時停止義務がある交差点で、自転車に停止を促す路面標示を設置する件。 
一時停止義務があるということはつまりそこには「止まれ」の規制標識があるということです。「止まれ」標識って、「追い越し禁止」標識みたいに誤解してしまう余地ってないですし、たいていの場合は路面にも大きく「止まれ」と法定外標示がすでに描かれています。そこにわざわざ自転車むけにもうひとつ法定外表示を追加する必要があるかというと…うーん、どうでしょう。例外があるとすれば、一方通行の道路、ただし軽車両を除く、を通行中に、順方向では「止まれ」標識がある交差点に逆方向から侵入するばあい、このときは自転車むけに警告があってもいいんじゃないかな、とは思いました。が、県警の方が「そういった場合には停止義務はありませんから『止まれ』という標示を設置するのはよろしくないです」と断言しておられました。そうなんだ…。
続いて(2)-2 停止線がない交差点の流入部に自転車の安全確認を促す標示を設置する件。
上の資料の「停止線がない」「停止線がない交差点では自転車も速度を落とし、安全確認をしなければいけません」といった表現でそろそろおわかりでしょうが、資料を作った方はあんまり道路交通法に明るくありません(「停止線」は信号交差点でもふつうにあるものですし、交差点通過時は「できる限り安全な速度と方法で」進めばいいだけで徐行義務はありません)。まあ意図としては、自転車は「優先道路との交差点に進入するときは徐行」というルールも、優先道路を示す標識も、なんなら左方優先原則も知らないだろうから、もっとわかりやすい路面標示で対応すべき、ということなんでしょう。反対はしませんが、上述のように逆走を知らせる標示を優先的に設置してはどうかな、とは思います。
最後に (3) 歩行者の注意喚起を示すための路面シート、だそうですが、事務局の方から補足説明がありまして、つまり歩道が混んでたら押し歩きしてくれという意味だそうです。

これに対しては、自転車利用者代表として呼ばれた市職員の女性から「こんなマークがあると歩道を走っていいのかどうかよくわからなくなる」「人が多かったら押し歩きするまでもなく足をついてトントンしながら進めば大丈夫」「走れそうになければ無理に走ったりしません」というきわめて常識的な意見が出され、また県警からも「押し歩きマークがあると誰もいないときでもいつでもそうしなければいけないのかという誤解を呼ぶ」とのツッコミが入っていました。

アンケートの意義?

こんな調子で、どのマークがいいですかねみたいな議論を70分も聞かされて(いえ好きでわざわざ聞きにいったんですけど)ぐったりしてしまったわけですが、そもそもこんなアンケート取る必要が本当にあるのか、という疑問があります。私自身、市へのアンケート回答には
もっと言えば、市が交通安全について真剣に考えているのであれば、適当に考えた図案をいくつか提示して有識者会議で「どれがいいですかね」などと気軽に聞いたり、こうしたアンケートで市民に丸投げしてほいほいと丸をつけてもらったりする前に、全国各地の事例を調べて採用の理由を調査したり、路面標示による効果に違いについての研究を調べたり、といったことをすべきではないでしょうか。
とコメントさせてもらいましたし、会議を傍聴していると外国人はどうするのみたいな話も出てきまして、「どこまでを対象にするのか、幼児や外国人も含むのか」みたいなことも決めておかないとどの標示がベストかなんて決められないぞ…と臍を噛んでおりました。ちなみに回答者の内訳は「会議メンバー14人+自転車利用ワークショップ参加者14人+道路利用者26人」、道路利用者の半分ぐらいは高校生だそうです。

その他の話題

道路建設課から「道路改善工事があったときは住民からリクエストがなくても自転車通行空間を整備するんですか」と質問があり、事務局は「道路構造令に書いてあるので…」という微妙に反感を呼びそうな回答をしていましたが、これはぜひ整備すべきでしょう。ネットワークとしての連続性を確保できないとだめだなんて言ってたらいつまでたっても自転車通行空間なんて作れません。それにいま自転車道を必要としている人がいなくても、完成すれば喜んで使う人が現れます。間違いなく。
それから整備形態について、自転車担当のえらい方が「車道内に通行帯を確保できない場合は歩道上に」とおっしゃいまして、それに対して「どういう場合か具体的に」という質問があり、「幹線道路など、車線を減らせないところ」と答えておられたので、心のなかで(19号のことかーっ!)と叫んでおりました(回答した方はたしか「大須地区安全な自転車利用に関する連絡会」にも出席しておられるので)。

実行計画案について

国交省のガイドラインで整備形態選定フローチャートが公開されて以来、日本全国どこの自治体でもあれに準拠したチャートを採用するようになってしまいました。名古屋市も似たりよったりです。
このチャートのいちばんよろしくないところは、まずもって最初から逃げ道が用意されているということです。「自転車通行空間が確保できなければグレードを落としていいですよ」とはじめから書いてある。グレードを落とすとどうなるか。簡単なことです。誰もそこを走らないのです。いえ、違いました、スポーツ自転車に乗った屈強な成年男性だけがそこを走るのです。なぜか。クルマとの並走時の恐怖感は相対速度に応じて高くなるからです。
上のフローチャートを採用するかどうかを決める権限を持った人の中に女性はいますでしょうか。べつに女性に限りませんが、ふだん自転車で快適に走るとなるとせいぜい15~20km/hぐらいかな、という人が混じっていないと、車道で車の横を走ってもそんな怖くないけど? という意見が支配的になってしまい、まあ矢羽根さえ描いてあればそんなに怖くはないかな、で済まされてしまいます。
ちなみに交通事故時の死亡リスクですが、愛知県警の資料によれば30km/hを超えると大幅に増えます。これはクルマ対歩行者のグラフですが、自転車だって衝突直後にクルマと同じ速度で跳ね飛ばされてその後地面なり電柱なりに叩きつけられるので同じことです。

フローチャートのもうひとつの問題点は、現状がどうであるか、というのが出発点になっているところです。名古屋市は、国交省版にはなかった車線数や道路幅員まで条件に含めていて、よりこの問題を深刻にしています。このフローは本来「この道路には何をどれだけ走らせたいか」だけを指標にすべきで、じゃあ選ばれた形態の整備を進めるにあたって問題が生じたらどうする、というのはまた別枠で考えるべきなのです。もちろん現状ベースでものごとを進めたほうが実現性は高くなる、それはわかります。でも現状ベースで定められた目標に価値がなかったら、実現してもしょうがないですよね。まずは「道路をどうしたいのか」が出発点ではないでしょうか。たとえば、この道路は広いけど工場の物流のトラックしか通らないしすぐ横に細い道路があるから自転車はそこを通ってもらおう、だから広い方は矢羽根で、細いほうはセンターラインをなくして自転車道にしよう、みたいなことだってあっていいはずです。名古屋市はとくに、自転車計画の担当課と都市計画の担当課とで局が違っていて、自転車担当は「いまある道路の中で」どうできるかしか検討できないと聞いています。その状況がわからないわけではないです。でもたぶん、そこをなんとかしようという気になると、仕事がいっきに面白くなるんじゃないでしょうか。転職を決めた瞬間に「ああもっとやれることあったのに」と思ったなんて話、聞いたことないですか? つまり、べつにクビになったっていいやと思えばいろんなことに挑戦できるということです。そしてたぶん名古屋市職員はクビにはなりません。
国交省のガイドラインにだって「分離に関する目安としては、地域の課題やニーズ、交通状況等を十分に踏まえた上で、以下を参考に検討するものとする」と書いてあります。これを「いいから黙って従え」と読んでしまうのは、あまりにも自己評価が低すぎるように思えます。道路の再編が必要であればそれができる人を探し、協力して、都市と道路のあるべき姿をきちんとデザインしてくれるようお願いします。

もうひとつ、最後に整備優先エリアの選定方法について。

事故が多い箇所を選定基準にするのはべつに悪くはないんですが、事故が多い=利用者が多い=すでに使いやすいインフラである、というケースや、件数が多くともすべて軽傷だということもあるかと思います。利用者あたりの件数を算出するですとか、負傷の度合いによって比重を変えるなどしないと、的はずれな選定になりかねません。
また、自転車や歩行者ではなく、自動車の通行量が多いところも整備対象として有望に思えます。つまりそれは自転車への転換の余地が大いにあるということだからです。これも先ほどの話題と同じで、現状を追認するのではなくあるべき姿を、ビジョンを描きましょうという話につながりますね。ご一考いただければと思います。


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