第2回名古屋市自転車活用推進計画有識者懇談会を傍聴してきました

どういう計画?

名古屋市はわりと昔から自転車利用について個別に計画を立ててやっていまして、当初は放置自転車問題が話題の中心だったのですが、時代とともに走行空間やら交通安全やらに関する施策も増えてきているという状況です。これまでの計画としては


というものがありました。
現行計画は令和2年度で終了するため、次期計画について話し合う「名古屋市自転車利用環境整備推進会議」が昨年度まで計8回開催されていたのですが、国の自転車活用推進計画にあわせてより広い範囲で自転車について議論するため、新たに会議体を立ち上げたようです。
なおこの自転車関連計画ですが、上位計画として「名古屋市総合計画」「なごや新交通戦略推進プラン」というものがあり、前者は「名古屋市総合計画2023」がパブコメの回答まで完了していて、後者については「名古屋市交通問題調査会」にて次期計画について話し合いが行われています。

会議について

参加者は以下の表の通り。参加者一覧ぐらいは名古屋市サイトで公開していただきたいものですが…。

分野所属・役職氏名
交通工学大同大学大学院工学研究科 教授嶋田 喜昭
交通工学名古屋工業大学社会工学科 准教授鈴木 弘司
安全名古屋市区政協力委員議長協議会 副議長後藤 弘康
安全自転車利用環境向上会議全国委員会 会長
NGO 地球の友・金沢
三国 成子
環境名古屋大学大学院環境学研究科 教授加藤 博和
健康健康保険組合連合会愛知連合会 常務理事𠮷田 雄彦
自転車競技合同会社AACA 代表社員加藤 康則
自転車競技障害者自転車競技者徳田 百合子
福祉障害者の母徳田 美津子
観光名古屋学院大学現代社会学部 教授古池 嘉和
イベントNPO法人市民・自転車フォーラム理事長木村 雄二

第1回が5月開催、その後一般市民参加の自転車シンポジウムを経て、この第2回が9月18日に開催されました。次回の第3回は令和元年11月に開催予定で、事務局が作成した名古屋市自転車活用推進計画の素案を見ながらの話し合いとなります。
会議の時間は2時間確保されていたのですが、例によって資料説明に30分以上費やしていたのがちょっと残念でした。

参加者について

行政の会議を傍聴するのは今年が初めてなのですが、何回か聞いていると各参加者がだいたい毎回同じようなことを言っているのに気づきました。まあだからこそ幅広い分野から参加者を募ることが大事なのでしょうね。
嶋田教授、鈴木准教授、木村理事長は昔から名古屋市のこの種の会議に参加されているいわば常連です。それもあってか、両教授からの事務局へのツッコミはあまり厳しくない様子でした。木村理事長はいわゆるvehicular cyclist(=自転車は車両の仲間!)ですね。
三国氏は金沢の自転車走行空間整備を主導した方で、全国各地の自転車関連シンポジウムで講演をなさっていますが、名古屋にも8月の「ケッタ・シンポジウム」から登場し、その流れで有識者懇談会にも参加することになったものと思われます。三国氏と金沢については下記の記事が詳しいです。


名古屋大の加藤教授はモビリティ関連が専門のようですが、ご自身のウェブサイトからもわかるように超・超・多忙な方で、けっこうコメントも辛口といいますか、「馬鹿につきあう暇はない」みたいな雰囲気を漂わせていて、なあなあで進みがちなこの手の会議では貴重な人材です。
AACAの加藤氏は、ロードレースファンにはおなじみキナンサイクリングチームのゼネラルマネージャーですね。チーム運営者としての立場からの発言が目立ちました。
徳田氏は脳性麻痺があり、ふだんは三輪自転車に乗っていて、木村理事長のNPOが主催する日間賀島の自転車レースに何度も参加されていたそうで、おそらくはそれが縁でこの懇談会に呼ばれたのではないかと思います。個人的にはこの方の存在は非常に重要だと感じていまして、というのも自転車というのはこうした障害者の方にとっても自由に移動するための最善の手段となりうるのです。国の自転車活用推進計画でも障害者に関する言及はあるものの、あくまでレジャーやスポーツとしての自転車利用に目を向けたものであり、身体的・経済的弱者にとって移動手段としての自転車がどれほど重要かという視点には欠けています。徳田氏の参加はそうした視点を本計画に提供してくれるのではないかと期待しています。
あとは…区政協力委員の後藤氏は地域の防犯・安全という視点から発言しておられます。𠮷田氏は自転車愛好家枠…かな? 古池氏は伝統産業が専門で、ふだんはオートバイに乗っておられるとか。そんなところです。
で、べつにこの懇談会に限った話ではないのですが、行政主催の自転車関連会議って、ママチャリ代表がいないんですよね。それは、たぶん日本ではママチャリがあまりにも生活に密着しすぎていて、たとえば靴とか服みたいなものだと思われているので、自転車が交通モードのひとつであって、他の交通に対して権利を主張していかなければならないという発想にならないからだと思うのですが、やはり今後はそれではまずいと思うので、行政の担当者におかれましてはメンバー選別の際にはご一考いただきたいところです。

発言について

それでは話題ごとにいくつか発言をピックアップしてみます。第1回の発言は正式な議事録から引用したものですが、第2回については傍聴で聞き取ったものになりますのでニュアンスの違いなどあるかもしれません。ご容赦ください。
まずは自転車利用環境について。
後藤氏:狭い道路は自動車が通れないようにして、自転車や歩行者専用にしたらどうか。
議事進行者(嶋田氏):生活道路について自動車を禁止することは難しいと思うが、例えばヨーロッパのように優先にするという考え方はある。日本では、歩行者や自転車の専用道はあるが優先道路はないのでそういうルール作りも面白いと思う。(第1回)
「生活道路について自動車を禁止することは難しい」これはつまり住人が反対するということでしょうか。なぜ反対するかというとそりゃクルマが便利で頻繁に使うからで(そして自分や家族が家の近所でクルマに轢かれることには想像が及ばないからで)、まずはクルマ以外の移動手段が自然と選ばれるような環境を整えることが先かもしれませんね。
後藤氏:名古屋駅付近に自転車等放置禁止区域が設定されているがそれでも放置している人がいる。会社等で駐輪スペースを確保する必要があるのではないか。(第1回)
なぜかスルーされてしまったこの発言ですが、国交省主催の名古屋国道管内自転車安全利用協議会でも桜通沿線の企業の通勤者の自転車が歩道上に放置されることが問題になっていて、対策のひとつとして現在は商業施設に限定されている駐輪場の附置義務の対象を拡大するというものが挙げられています。
加藤(博)氏:自転車は車道の左側通行をすべきであるが、道路空間がそうなっていない。また、規則でそうなっているという意識も薄いので、自転車の規則はこう決まっているという基本的なことを教える必要がある。一方で、こんなに楽しい乗り物はない、環境にも優しいということを小さい頃からわかってもらえるようにする。
議事進行者(嶋田氏):ルールを守れというのであれば、まずルールを守れるような道路空間にする。そしてルールを守れば自転車はよい乗り物であるということをPRしていくということである。(第1回)
そうなんですよね、結局ほかの交通に混じって歩道だの車道だのを走るからややこしいことになるわけです。普通自転車通行指定部分の扱いだとか、左折専用レーンがある箇所の直進だとか、そういう小難しいことは考えずにすむように、自転車道をばーんと整備して「自転車はここを走る、以上!」としていただきたいものです。
後藤氏:自転車の駐輪場を義務化しないのか。
緑政土木局:大規模商業施設については条例で利用者用の駐輪場の整備を課している。ただし、実際にそれら駐輪場の整備で放置自転車がなくなっているわけではない。(第1回)
詳しくは「名古屋市:自転車駐車場の附置義務(暮らしの情報)」をごらんいただきたいのですけど、名古屋駅前や栄でこの義務を満たしていないと思われる施設がいくつかあります。条例についてあまり知られていないのもあって、これまではそうした施設も放置されていたようですが、今後は市民の監視の目を厳しくしていくべきではないかと思います。
また、たとえ駐輪場があっても、

  • 施設のウェブサイトで駐輪場の場所をまったく紹介していない
  • 機械式駐輪場では子供乗せ自転車やマウンテンバイクなどが入らなかったりする

といった問題がありますので、できれば市のほうで

  • 施設内に設置された駐輪場を掲載した繁華街自転車マップの作成・配布
  • 幅広い車種を一定の割合で受け入れられるよう義務付け

などの対応をしていただきたいところです。ちなみに懇談会参加者のひとり、徳田氏がふだん乗っておられるのはこのような三輪自転車ですが、こうした特殊な自転車への対応も考慮すべきポイントです。まあ駐車場の車椅子専用スペースみたいな扱いだと思えばさほど違和感もないかと。


鈴木氏:これまで安全に関する議論でキーワードのひとつとして「交差点」が出てきた。名古屋で考えると大きな交差点でどういう交通処理をするか。交差点では特に左折の巻き込みで自転車事故にあうことがあるので、左折の自動車の速度を落とさせるような交差点の構造や信号の設定を考える必要がある。大きな交差点で信号をどう設定すると安全に寄与するのか、他都市と比べるとそういったところが名古屋特有の課題であると思う。(第1回)
別記事で紹介しました「protected intersection」という構造が回答の参考になるかと思います。国も自治体も、もう少し海外事例を積極的に取り上げてほしいですね。
鈴木氏:安心・安全という言葉の中で、安心感をどういう議論するか大事な視点だと思う。先ほどあった不安については事故の分析をしても出てこない。安心とか不安に思うような行動はどういうものか、どういった対策が必要なのか評価する。例えば弱者の視点で見直してみると安全面だけではないところが見えてくるのではないか。
議事進行者(嶋田氏):ロンドンで車道に自転車空間を作ったことで、狭くて怖くて逆に自転車を使わなくなったということで市長が方針転換し、物理的に分離して自転車道を整備したという話を聞いた。安心に利用できる環境とはどういうものなのか考えていく必要がある。豊田市で車道に走行空間を整備したがあまり利用されない。なんで利用されないか調査しているが、安心感がないということが一つの要因ではないかと考えながら分析している。安心感は非常に重要であると考える。(第1回)
安心感が重要であることに異論はないのですが、おふたりとも「安全と安心は別」「実際には車道は安全でも安心感がないとダメ」といった話しかたをされています。これはおそらく、国が公開している自転車関連の資料を鵜呑みにしてしまったせいでしょう。残念ながら国の資料は――どういう言葉を選ぶべきか難しいのですが――不適切でして、たとえば車道走行が安全であることの説明にたびたび登場する「あの図」については「有名なあの図を検証する。自転車 出合い頭事故の危険性 : ランキング日記」でその問題点が指摘されていますし、「警察庁科警研:自転車の歩道走行と車道走行の危険性比較 : サイクルプラス「あしたのプラットホーム」」では明確に車道走行のほうが危険であるという研究結果を紹介しています。つまり市民の「車道は危険だ」という判断は、単なる思い込みではなく、直感に基づいているにもかかわらずきわめて正しい推測なのです。
地方自治体というのは、首長や議会の関心が高い分野でない限り、なるべく無難に手堅く、国の方針があればほぼそれに従った形で政策を立てていくものでしょうが、名古屋市も計画名を国にならった形で「自転車活用推進計画」と変更したことでさらにその傾向が強まることが危惧されます。しかしこのように国の計画・方針が間違っている場合には、勇気をもって正しい政策立案をしていってもらいたい、自治体住民の幸福のため正しい方向に労力を費やしてもらいたい、そう切に願っています。
徳田氏:桜通の青くペイントされた自転車レーンを走ると駐車車両が多くて怖い。御園座の前の自転車道はポールが立っているので安心。(第2回)
自転車利用者を増やすためには、こういうあたりまえの意見、一般市民目線の意見をきちんと聞くことが大事なのです。
三国氏:台湾で開催されたVelo-city Global 2016ではすごい数のハンドバイクが参加していてびっくりした。「アクティブ・モビリティ」という考え方が世界の潮流となっている。自転車は単なる移動手段ではない。(第2回)
active mobilityという言葉は2010年ごろから使われだしたようなのですが、つまりは自分で体を動かして移動しましょう、そうすると健康になるしCO2も減らせるし事故にも遭わないしいいことづくめだぜ、国民のだれもが(障害者も!)そうできるように政府は頑張ろうぜ、という話ですね。キーワードとして押さえておくとよろしいかと。
五十川泰史氏(国土交通省中部地方整備局名古屋国道事務所所長):自転車と自動車を必ず分離ということだとネットワークが構築できないので「共存」という言葉も入れてほしい。矢羽根で走行方向を指示するやりかたを主体にすることで普及につながる。ゆっくり走る人は歩道を活用していただいて、速い人は車道を走ってもらいたい。(第2回)
(駄目だこいつ…早く何とかしないと…)

次は交通安全について。
三国氏:2006 年当時金沢市では、自転車の左側通行が守られていないので、バスレーンを活用した「自転車走行指導帯」設置の社会実験の際に「左側通行」と路面標示を行った。また、「信号確認」という標示を行ったところ、今まで信号を確認していなかった自転車利用者が確認するようになった。ルールは道路に標示することが効果的であり、まずわかってもらうことが重要であると思う。(第1回)
これは三国氏がよく話題にされるのですが、金沢市では路面標示だけでなく自転車利用者(主に学生)の安全意識向上のための直接的な働きかけも活発に行われていまして、ルール遵守はどちらかというと後者の効果ではないかと思っています。まあ対照実験をしたわけではないので本当のところはどうだかわからないのですけど。
三国氏:オランダでは学校教育の中で年齢に応じて段階的な自転車教育を行っている。そのような取り組みを参考に、京都市では学校教育でどこまで自転車教育を行っているか調べ、幼稚園の教育、高齢者の教育、主婦層の教育でその空白部分を埋めていくような教育を行っている。また京都市では、いつでも自転車教育を学べる施設を作ろうとしている。名古屋市においても常に自転車教育を受けることができる場所をつくることも重要なのではないかと思う。(第1回)
京都市自転車安全教育プログラムですね。素晴らしい取り組みですし、見習うべきであるのは間違いないのですが、残念ながらオランダのように「実際の道路を走る講習」がないのですよね。責任の所在がとか安全確保がとかいろいろ課題があるのでしょうけど、親としてみれば子供になにかあれば自分が面倒を見るしかないと思って暮らしていますし、そもそも路上は安全が確保されていないから走るのにトレーニングが必要なわけで、もうちょっと踏み込んだカリキュラムがあってもいいのかな、とは思いました。

もう少し大きく「まちづくり」の観点から。
古池氏:これまでは、「車の町」の印象(実態も)が強い名古屋を、自転車という移動手段をメインに置いた(あるいは自転車と公共交通機関を軸とした)価値転換を図る合意が形成できるかどうかですが、そこまで踏み込むのであれば、自転車を主たる交通手段として都市を変革していく必要があり、表現はともかく「自転車移動の風景が日常化する」というような都市計画が必要である。(第1回)
そうなんです、じつはもう一段階上の都市計画あるいは交通計画のレベルで、自動車交通を置き換えるぞというメッセージが含まれていないと、いくら自転車の走行空間を増やそうと思っても「でも車道を減らすと渋滞が…」「荷降ろしが…」と反対意見に押しつぶされてしまいます。名古屋市次期総合計画がパブコメを受けて少しでも自転車推しな方向に改善されるといいのですが。
加藤(博)氏:せっかく広い道があるのに自動車に使わせておくのはもったいない。道路空間の利用の仕方を思い切って変えていきましょう。国の計画にインプットできるような、ありきたりでない計画を期待したい。
期待したいです。

それからスポーツ関連。

徳田(百)氏:愛知車連(=愛知県自転車競技連盟)主催のレースで障害者が参加できるものがない。
これはもう愛知に限った話ではないのでしょうけど、まあでもJCFがなにかしてくれるとも思えないので、やる気のある自治体が直接JPCFに働きかけて大会を開くしかないのでしょうね。他でやっていないことを上手くやっていければ、聖地のような扱いを受けることもできるかもしれません。
加藤(博)氏:スポーツは暇人のやること。日常における利用こそが大事なのでそれを前面に出すべき。自転車というのはそもそも誰でも使えるものであって、お上が「活用」するものではない。(第2回)
まあたしかに順番としてはスポーツはあとかな、とは思います。ただ道路が絡むと行政は動きづらいので、単発企画として実績になりやすいイベントにどうしても流されがちなのでしょうね。

最後に県警の方の発言にひとこと。
藤城氏:警察の自転車との関わりとしては安全利用がメインとなってくるが、本日「本市のあるべき姿について」の議論の中で初めに出た意見が安全利用であり警察の役割が増していると実感している。警察ができることは交通安全教育と指導・取り締まりであり、それを両輪として活動していきたい。(第1回)
じつは警察の役割としてもう一つ大事なものがありまして、それは「交通管理者として道路空間の自動車から自転車への再配分に前向きになる」ことです。実効性のある自転車走行空間を整備しようとするとどうしたって車道を減らす必要が出てくるのですが、これに対して交通管理者である警察が「渋滞が起きるからやめてくれ」とストップをかけることが少なからずあります。でも長い目で見れば渋滞を起こして自動車が不便になれば自動車ユーザーが減って渋滞も解消して交通死亡事故だって減るわけですから、近視眼的なものの見方はやめて、新しい交通体系の構築に力を貸していただきたいものです。

おわりに

今回、既存の「自転車利用環境基本計画」が「自転車活用推進計画」と名前を変え、それにともなって健康や環境、スポーツやツーリズムに関する政策が盛り込まれることになりましたが、スポーツにしろ観光にしろ、まずは自転車で安全・快適に走れる環境を作り、自転車に乗る人を増やしていくことが一番大事なわけです。ふだんからみんながクルマに乗るような街で、自転車レースをやろうなんて人や、自転車であちこち見て回ろうなんて考える人が増えるはずはありませんから。名古屋市にはそこを間違えてほしくないです。
そしてなお、だからといってスポーツや観光を無視することもできないでしょうから、自転車政策担当部局についてちょっと考え直す必要があるように思えます。もともと自転車関連政策は放置自転車問題から始まったということで緑政土木局の管轄でやってきたわけですが、自転車にまつわる課題はどんどんその関連分野を拡げています。まちづくり、環境、健康、教育、観光、etc. このような状況で、緑政土木局が中心になって各部局と連携してやっていくのは今までよりもさらに難しくなるのは間違いないです。もっと各部局から直接人を集め、横断的な組織として自転車政策担当部局を構成しなおしたほうがよいのではないでしょうか。一体誰がそんなことを提案できる立場にいるのか見当もつきませんが…。


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